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大阪高等裁判所 平成10年(う)492号 判決 1998年9月25日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人池上健治作成の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用する。

一  控訴趣意書中、法令の適用の誤りの主張について

1  論旨は、国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等の特例等に関する法律(以下、麻薬特例法という。)一〇条に規定する「収受した」の意味は、不法収益を自らのものにすることであると解すべきところ、本件での被告人はいわば使い走りにすぎず、被告人が受けとった金員は直ちに暴力団組織の上位の者に渡していたもので、被告人が不法収益を取得し、これにより利益を得ていたものとはいえないから、被告人に同条を適用したのは法令の適用を誤ったものである、というのである。

そこで検討するに、麻薬特例法一〇条は、「麻薬及び向精神薬の不正取引の防止に関する国際連合条約」(以下、麻薬新条約という。)三条1が「締約国は、自国の国内法により、故意に行われた次の行為を犯罪とするため、必要な措置をとる」とし、(a)で麻薬及び向精神薬の不正取引行為の犯罪化を義務づけた上で、(c){1}で「自国の憲法上の原則及び法制の基本的な概念に従うことを条件として、(a)の規定に従って定められた犯罪又はこれらの犯罪への参加行為により生じた財産であることを当該財産を受け取った時において知りながら、当該財産を取得し、所持し又は使用すること」の犯罪化を義務づけていることから、これを受けて制定されたものであり、その目的は薬物犯罪の周囲にあってその不法収益の処分に関与する行為が間接的に薬物犯罪を助長することからこれを取り締まろうとするものであるところ、右条約の文言や本条の目的等からすれば、収受とは、不法収益等について所有権等を取得した場合に限るものではなく、形式的には所有権等を取得しない場合でも、実質的に自己のものであると同様の支配関係を持つに至った場合は勿論のこと、単にこれを受領したにすぎない場合も収受にあたると解するのが相当である。そうすると、仮に所論指摘のように被告人が本件不法収益等を暴力団組織の上位の者に渡していたとしても、不法収益等と知って受けとっている以上は収受にあたるから、原判決には所論の法令の適用の誤りはない。論旨は理由がない。

2  論旨は、麻薬特例法一七条一項の追徴は、不法収益の最終収受者に対してなされるべきであるから、単に不法収益の通過点にすぎない被告人に全額の追徴を科したのは法令の適用を誤ったものである、というのである。

しかしながら、麻薬特例法は、薬物犯罪の経済的側面に着目し、薬物犯罪による不法な収益の循環を断ち切るとともに、あらゆる場所に存するあらゆる形態の不法収益を剥奪することにより薬物事犯の撲滅を図ろうとする麻薬新条約の趣旨を受けて制定されたものであること、また、同法一七条一項が「犯人」について格別限定を付していないことなどからすれば、同条項による追徴は不法収益について所有権等の権利を取得したか否かにかかわりなく共犯を含む犯人全員から追徴する趣旨と解するのが相当である。したがって、仮に所論指摘のように被告人が不法収益等についてなんらの権利を取得しなかったとしても、本件の共犯者である被告人から全額を追徴することは違法ではないから、原判決には所論の法令の適用の誤りはない。論旨は理由がない。

二  控訴趣意中、量刑不当の主張について

論旨は、原判決の量刑不当を主張するので、所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をもあわせて検討する。本件は暴力団の副本部長であった被告人が、同暴力団の会長らと共謀の上、いわゆる縄張内で覚せい剤の密売をしていた者から、場所代の名目で一日あたり現金二九万円を、これが覚せい剤の密売により得た不法収益等であることを知りながら、前後二七〇回にわたり合計七八三〇万円の不法収益等を収受した事案である。本件は、暴力団がその資金稼ぎのため、自らは覚せい剤に直接手を染めることなく、密売者の上前をはねる形で収益を図った組織的犯行であり、その期間も長く、不法収益の額も巨額である。また、被告人は執行猶予中の身でありながら暴力団組織に身を置き、会長の指示の下、徴収担当者として積極的に本件を敢行しているものである。以上によれば被告人の刑事責任は軽視できない。してみると、被告人の関与は従属的であること、被告人自身が本件により得た利益はさほど多くないものと推測されること、捜査段階及び原審を通じ事実について否認ないしは黙秘をしてきた被告人が、当審に至り事実を認めて反省の情を示すとともに、暴力団を脱退したことのほか本件が原判示の確定裁判の余罪であること等を十分斟酌しても、被告人を懲役一年八月及び罰金五〇万円に処した原判決の量刑が刑期及び罰金額のいずれにおいても重すぎて不当とは考えられない。論旨は理由がない。

三  よって、刑訴法三九六条、一八一条一項ただし書を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 河上元康 裁判官 瀧川義道 裁判官 飯渕 進)

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